とある放射線治療医の備忘目録

とある放射線治療医の覚書

腋窩ウェブ症候群(AWS, axillary web syndrome)

 

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腋窩ウェブ症候群(AWS

腋窩ウェブ症候群(AWS, axillary web syndrome)(索状物 [cording]としても知られている)は、センチネルリンパ節生検(SLNB, sentinel lymph node biopsy)や腋窩リンパ節郭清(ALND, axillary lymph node dissection)の副作用として発生することがあります。
センチネルリンパ節生検(SLND)では数個の、腋窩リンパ節郭清(ALND)では多数の腋窩リンパ節の摘出が行われます。
・多くの乳がんの患者では少なくともこれらのうちの1つの手術を行う必要がります。
・がんを摘出するための胸部の手術に伴う創部組織が、索状物(cording)の形成に関係する可能性もあります。

腋窩ウェブ症候群(AWS)を発症した場合、太い紐状の構造を上肢の内側に認めたり、感じるようになるようになります。
リンパ浮腫を治療する医療従事者は、これらの構造物を「cording」と呼ぶこともあります。
・もし索状物を見つけたり感じたりした場合や、疼痛や固さを感じる場合には医療従事者に知らせることで、問題解決につながります。
・これらの索状物(cords)は、何かの際に腕を肩の高さや頭の上に上げた場合に発見されることが多いです。
・索状物(cording)の形成は手術から数日あるいは数週間経過後に認めらることが多いものの、手術から数ヶ月後に認められることもあります。

腋窩ウェブ症候群(AWS)では、1本の太い索状物として認めらることも、上肢に複数の何本かの細い索状物として認められることもあります。
・これらの索状物は通常は腋窩部の創部近くから始まり、上肢の内側や肘の内側に拡がっていきます。
・場合によっては、これらの索状物は手のひらまで拡がっていくこともあります。
・また人によっては上肢方向(のみ)ではなく、胸壁に拡がっていくこともあります。

・索状物には痛みを伴う傾向があり、上肢が重たく感じ肩より上に腕を伸ばしたり、十分肘を伸ばせない状態となることがあります。
・この痛みや関節の可動域制限のために、日常生活に影響してしまうことになります。
腋窩ウェブ症候群(AWS)は、特に放射線治療の開始前や治療期間中に発生した場合に特に問題となります(放射線治療を行うためには両側の上肢を挙上させる必要があるが、腋窩ウェブ症候群を発症するとこれが難しくなります)。

・どのようにして腋窩ウェブ症候群(AWS)/索状物の形成が起こるのかに関しては現在研究者たちによる研究が行われています。
・一部の専門家は、腋窩部や胸部に対する手術は、血管やリンパ管、神経を包む結合組織を損傷すると考えています。
・この損傷により炎症や瘢痕化が起こり、結果として組織の硬化が起こります。
・これらの硬化は結合組織の線維に沿って拡がり、索状物(cords)が形成されていきます。
・しかしながら、どのようにして索状物(cords)が形成されるかの過程を知るためには、さらなる研究が必要です。

・手術後にどの程度の患者に腋窩ウェブ症候群(AWS)が発生するかはまだはっきりとは分かっていません。
・これまでに行われた研究はまだ少なく、これらの研究の多くは少数例での検討にとどまっています。
・ある研究ではセンチネルリンパ節生検(SLNB)が行われた女性の20%に腋窩ウェブ症候群(AWS)が発生したと報告されています。
腋窩リンパ節郭清(ALND)後の報告では、報告により腋窩ウェブ症候群(AWS)の発生率は6~72%とさまざまな結果が報告されています。
・多くの専門家はセンチネルリンパ節生検(SLNB)と比べて、腋窩リンパ節郭清(ALND)後に腋窩ウェブ症候群(AWS)が問題となることが多いと考えています(リンパ節生検 [SLNB] と比較して腋窩リンパ節郭清 [ALND] ではより多くのリンパ節を摘出するため、体に対してより侵襲性の高い手術となる傾向があります)。


腋窩ウェブ症候群(AWS)のマネージメント

・もし腋窩ウェブ症候群(AWS)による症状がある場合には、担当医に対して乳がんリハビリを専門的に行っている理学療法士や看護師、専門医への紹介を相談してください。
腋窩ウェブ症候群(AWS)の患者を多く診ている人を探すのが良いと思われます。
・状態が落ち着くのを待っているのは良い考えではありません。
腋窩ウェブ症候群(AWS)の索状物(cords)による痛みにより、腕や肩を動かすのを避けてしまい、機能や可動性に重い問題を残す可能性があります。
・専門家の指導のもとで、上肢を動かしたりストレッチを行うことが状況の改善と疼痛の消失において最善の方法です。

・療法士と一緒にあなたにあった治療プランを作成することができます。

ストレッチと柔軟性体操(stretching and flexibility exercises)
・療法士の指導により、やさしく索状物(cords)を伸ばす体操の方法を学ぶことができ、これにより痛みなく関節の可動域を広げることができるようになります。
・療法士はまた家での体操の方法を教えてくれますし、どのような頻度で行うべきかも教えてくれます。

手技療法(manual therapy)
・療法士はやさしく索状構造に対してマッサージを行うこともあります。
・手技療法では、伸ばした腕を上腕から前腕にかけて圧迫を行います。
・この手法によって索状物が切れたり壊れたりする場合があり、これが起こった際には索状物が切れた音が聞こえることもあります。
・これには通常痛みは伴わず、痛みなく動かせる関節の可動域が改善します。

温熱療法(moist heat)
・療法士はまた、治療の一部として温めたパッドを索状物に直接あてることがあります。
・しかしながら、この温熱療法を行う場合には注意が必要です。
・長時間温めた場合にはリンパの産生が増加するため、リンパ浮腫を来す可能性があります。
・もし療法士が温熱療法をあなたに勧めた場合には、その療法士が本当に腋窩ウェブ症候群(AWS)の治療経験が豊富であるかどうかを確認する必要があります。

鎮痛薬(pain medication)
・もし痛みのために上肢のストレッチが行えない場合には、NSAIDなどの鎮痛薬を内服する必要があるかもしれません。
・しかしながら、覚えておいて頂きたいのは疼痛に対する最良の治療法はストレッチであり、これによって腋窩ウェブ症候群(AWS)の状況の改善が図れます。

低出力レーザー(low-level laser therapy)
・小型デバイスによる低出力レーザーを皮膚に直接あてて、治療を行うこともあります。
・レーザー治療により硬くなった創部組織の破壊の一助となる可能性があります。

・鎮痛薬による治療を除いて、これらの治療法は索状物(cord)を形作っている固い創部組織を緩めることに焦点をあてたものとなっている。
・ある部位の索状物(cords)が緩くなった場合、他の部位が固くなったと感じることもあるかもしれません。
・これは腋窩ウェブ症候群(AWS)が悪化したわけではなく、他の場所の創部組織がまだ改善していない(stuck)ためです。
・例えば、上腕や肘の索状物(cord)が緩んだ場合、疼痛や可動域の改善がみられますが、手首や前腕の固さを感じることになる場合があります。
・「索状物(cord)のことを釣り竿にからまった糸のようなもの」とある専門家は患者に対して説明を行っています。
・「この場合、もしある部分の問題の場所を緩めることができた場合、まだ問題のある他の部位に固さが拡がることもある」

・幸い、腋窩ウェブ症候群(AWS)は大半の患者では、何回かの治療セッションの後、あるいは数ヶ月以内に軽快します。
・数ヶ月以上にわたり関節の可動域制限が続く場合もありますが、典型的ではありません。
腋窩ウェブ症候群(AWS)は一度改善した場合でも、その後に再燃することもあります。
・しかしながら、腋窩ウェブ症候群(AWS)は一過性のイベントで、長期間にわたり問題となるわけではありません。
・索状物(cords)が壊れたのちにどうなっていくのか、専門家でも依然として理解できているわけではありません。
・一部の専門家は単純に体に再度吸収されていくのだと考えていますが、他の専門家は索状物(cords)に何が起こっているのかは分からないと言っています。

腋窩ウェブ症候群(AWS)が改善した後も、ストレッチや柔軟体操を続けることは良いことです。
・ストレッチや柔軟体操を行うことで、放射線治療などの追加治療の期間に関節や軟部組織の可動性を保ったり、手術からの開腹にも有効です。

腋窩ウェブ症候群(AWS)の発生が、後の上肢のリンパ浮腫のリスク上昇につながるかどうかはよく分かっていません。
リンパ浮腫では上肢/手のリンパ液の過剰な産生により腫脹を来します。
リンパ浮腫が起こってしまった場合には経時的な治療が必要となる問題となります。
・一部の専門家は、腋窩ウェブ症候群(AWS)はリンパ系の障害の徴候であると考え、後のリンパ浮腫のリスク上昇を示唆していると考えています。
・2006 International Consensus Statement on managing lymphedemaでは、腋窩ウェブ症候群(AWS)がリンパ浮腫のリスク因子として挙げられていました。
・しかしながら、本当に腋窩ウェブ症候群(AWS)がリンパ浮腫と関連しているのかに関しては十分な研究が行われていません。
・もし腋窩ウェブ症候群(AWS)を認めた場合でも、必ずしも通常より後のリンパ浮腫の発生リスクが高いと考えられるというわけではありません。

腋窩リンパ節郭清(ALND)が行われた患者では、腋窩ウェブ症候群(AWS)を発症の有無によらず、リンパ浮腫の発生リスクがあることが知られています。
・そのため、リンパ浮腫の発生リスクを最小限とするためにリンパ浮腫のリスク低減のガイドラインに従うことが大切だと思われます。